特別賞を受賞!米どころ世羅が生んだ「どぶろく せら恋し」
その昔、農家をはじめ一般の家庭でも作られていたという「どぶろく」。
起源は稲作が始まった弥生時代ともされ、お米と水、米麹を合わせ発酵させたお酒として、多くの日本人にとってとても身近な存在でした。清酒とは違い、醸造最後の「醪(もろみ)を濾す(こす)」という作業を省くため、手軽に造れるお酒として広まっていたようです。
ですが、明治時代になり「酒造税」が制定されると「どぶろく」も対象となり、その文化はだんだんと担い手を失っていきます。
それから100年以上の時を経て酒造の規制が緩和。2002年に「どぶろく特区制度」が誕生します。それにより、主にお米を作る農家の方たちによって再び「どぶろく」造りが復活し、現在では全国で150箇所程が「どぶろく特区」に認定されています。
そこで今回ご紹介するのは、広島県世羅町で造られている『どぶろく せら恋し』。
杜氏として長年腕を磨いた職人、池本昭夫(いけもとてるお)さんが醸すどぶろくは、全国のどぶろく製造者が集う「全国どぶろく研究大会」で「特別賞」を受賞したお酒です。
ここ世羅町は、広島県の中央部に位置する標高約350mの世羅台地にあり、お米や野菜、果物など多くの作物が栽培されている農業が盛んなまち。季節や朝晩の寒暖差と、一級河川 芦田川に注ぐ豊富な地下水がその源となっています。
中でも、甘味と旨味成分の強い「コシヒカリ」は県内屈指の優良米。「どぶろく」そのものの味を決定づけるおいしいお米です。
まずは、米どころ世羅で醸される『どぶろく せら恋し』の誕生について、池本さんに詳しくお聞きしていきます。
伝説の酒蔵「喜久牡丹」の杜氏が歩んだ、どぶろく特区への道
そもそも世羅町が「どぶろく特区」の認定を受けるために、池本さんに醸造を依頼したのはどのような経緯からだったのでしょうか。
「実を言うと、私は世羅に工場があった酒蔵『喜久牡丹』に勤めていたんです。高校卒業後に製造担当として就職し、数年して杜氏の免許も取りましたので、それから定年までずっと蔵の中で酒造りに携わっていました。
その経験が体に染み付いてますので、どんな環境でも造れる自信があるんですよ」
日本三大酒どころの一つである広島。「喜久牡丹」は惜しまれながら2005年に廃業してしまいましたが、広島県酒類品評会では連続一等賞を受賞、全国新酒鑑評会等にも数多くの入賞実績がある伝説の酒蔵。
そこで長年杜氏として働いていたとは言え、酒造経験だけで認可は下りるものなのでしょうか。
「いいえ、世羅町が認定を受けるには、醸造を担当する私がいくつかの条件を満たさないといけなかったんです。
まずは、自ら5反※以上のお米を作り、そのお米でお酒を醸造すること。それからどぶろくを振る舞うレストラン等の飲食店を併設していること。加えて、後継者がいることと、何より酒造りの経験があること。この4つの条件が揃ってはじめて認定となります。
私の跡は息子が担ってくれそうなんですが、一番大変だったのは、妻の協力が欠かせない『農家レストラン』を開店することでしたね」
当初は飲食店を営むことに前向きでなかったという奥様ですが、料理上手な池本さんのお姉様の力添えもあり承諾。どぶろく造りに先立って、自宅敷地内に「農家レストラン せら恋し」をオープンさせます。
※1反はおよそ1,000㎡でやく600〜800kgのお米が収穫できる
料理の材料は、ご家族で栽培する旬の野菜の数々とコシヒカリ、それから地元で育てられた「世羅みのり牛」等。味付けには、こちらも池本さん自ら手掛ける「麹」がふんだんに使われています。甘味に甘酒を使用した「だし巻き卵」の他、煮物や炒め物などの味付けには塩麹や醤油麹が使われ、塩味に加え旨味が味に深みを足しています。
オープンして程なく、全国放送のテレビ番組に取り上げられたこともあり、現在でも毎月第1・3日曜日と第2・4土曜日には関西や四国からの観光客を含め、多くの方が訪れるそうです。ブッフェ形式で並ぶ20種類近くの料理はどれも素材本来のおいしさを活かした味付けで、体にも優しいと世代問わず多くの方に喜ばれています。
世羅の軟水と酵母菌、職人の感覚が最適な発酵を生み出す
自宅の蔵を改造した酒蔵や麹室を案内しながら、池本さんは話します。
「杜氏として長年お酒造りに携わっていましたので、定年してからどぶろくを造るようになるまでの数年間も、自宅で麹を作っていたんですよ。
『喜久牡丹』から譲ってもらった機材もありましたので、加工場を整えて、塩麹や味噌、甘酒などを作っていました。私にとって麹はかわいい孫のようなものなんです」
お酒と共に人生を歩んできたとも言える池本さんが手掛けるどぶろく。麹菌と共に微生物としてすばらしい働きをする「酵母菌」選びにもこだわっているそうです。
「全国には数十種類にも及ぶ酵母菌があるんです。それぞれ香りや発酵の過程などに違いがありますので、どれを選ぶかによってできあがるお酒の味わいも変わります。これまでの経験から、『どぶろく せら恋し』に一番適しているフルーティーな香りを生み出す酵母菌を選んでいます」
また、世羅町の水は軟水と言われ、同じく酒どころとして有名な兵庫県の灘で使われる硬水とは全く異なる特徴を持っていると言います。
「硬水は酵母菌を入れた際に勢いよく発酵が進み、できあがったお酒もキリッとしているものが多いんです。一方、水質が柔らかな軟水は、酵母菌の働きもゆっくり進んでいきます。ですので、滑らかで優しい口当たりのお酒に仕上がります」
杜氏として培った経験と知識が、世羅の水から醸されるどぶろくに適した酵母菌選びを可能なものにしています。
「とは言え、最も大事なのは、日々変化するお酒の様子や香りを正確に見極めることなんです。鼻で感じる匂いや、舌に載せた時の味わいなど、最後はやはり『感覚』がものを言うのかもしれませんね。ですが実は私、お酒はあまり飲めないんですよ」と笑う池本さん。
麹菌や酵母菌などの微生物が充分な力を発揮できる温度の管理や、時間と共に刻々と変化していく発酵の様子など、職人としての感覚がお酒造りの根底にあると言います。
「微生物が持つ力のすばらしさにはいつも心を動かされています。麹菌が活動を始めると、その働きが目に見え、同時に香水のようないい香りも出てくる。そして酵母菌を加えると、ふつふつと発酵が進みアルコールが造られていく。その過程を見ていると本当にわくわくします」
爽やかな香りとキレのある酸味が心地良い!「どぶろく せら恋し」
現在、池本さんが醸造しているのは、『どぶろく せら恋し』の「特選」「辛口」「甘口」の三種。使用する酵母菌によって全く異なる仕上がりになるそうです。
また、仕上がり直前に甘酒を加えるかどうかで、「辛口」「甘口」の違いを出すとか。
甘酒を加えない「辛口」はスッキリと爽やかな喉越しに。片や、甘酒の優しい甘味が加わった「甘口」はその飲み口の良さから後を引く味わいです。
さて、今回いただくのは『どぶろく せら恋し(特選)』。
醸造開始の翌年に「全国どぶろく研究大会」で「特別賞」を拝したお酒です。
瓶の蓋を開けると、爽やかな香りが広がるとともにほんの少し炭酸が上がってきます。
ゆっくりと透明の小さなグラスに注いでいきます。
醪(もろみ)がそのままのため、トロトロと優しくグラスが満たされていき、爽やかさに加え、熟したパイナップルのような桃のような芳しい香りも漂います。
それでは一口。
ピリッとした炭酸が口の中で弾けます。
やわらかな香りとは一味違ったキレのある酸味が心地よく広がり、喉越しもスッキリ。
飲み干した後に残るお米の粒は、まろやかな甘さで風味豊か。
時間とともに、良質なお酒でしか味わえない濃厚な旨味が全身に染み渡っていくようです。
世羅で育まれたコシヒカリと柔らかな軟水。それらの質の良さを麹と酵母がさらに高め、至極の逸品に造り上げています。
思わず杯を重ね、ほろ酔い気分に。
味わい深いお酒だからこそ、素材の良さを感じられるお刺身や、野菜たっぷりの鍋物、さらに新鮮な地鶏料理や焼肉などとも相性抜群です。
「今後は、麹を使ったドレッシングなども作ってみたいですね。きっと旨味が深くおいしいものができるはずです。それから酒粕を使って自宅で作っている奈良漬、こちらも販売できればと思っています」
麹やどぶろくの素晴らしさをこれからも伝えていきたいと語る池本さんですが、こうも語ります。
「醸造や麹づくりなどを学びたい方たちが、各地から来られることもあります。ですがいつか、この世羅町で生まれ育った方たちが『酒造りをやってみたい』と思ってくれれば、こんなに嬉しいことはないですね。
『せら恋し』の名前には、地元を愛おしく思ってほしいという願いも込めているんです」
麹菌や酵母菌など微生物の神秘を探究し続け、酒造りに真摯に向き合う池本さんが醸す『どぶろく せら恋し』、おすすめの逸品です。
現在、『どぶろく せら恋し』は通販サイト 楽天市場(ふるさと納税)、公式ホームページや下記の店舗で購入できます。
- 世羅町:せら恋し(電話注文も可能)、道の駅世羅、甲山いきいき村、四季園にしおおた
- 三原市:道の駅みはら神明の里