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「手拭い(てぬぐい)」と聞いて、皆さんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?
昭和のお母さんの必需品、おじいちゃんの汗拭きタオル…。
いえいえ、「手拭い」は今や、タペストリーやテーブルセンターとしてインテリアに取り入れたり、ストールやヘアアクセサリーとして身に付けたりと、おしゃれ女子たちから大きな注目を集めているアイテムです。定番の和柄に加え、北欧風やモダンなデザインのものまでデザインのバリエーションも豊富で、近頃、雑貨店でもよく見かけるようになりました。
さらに、改めてその“使いやすさ”、“用途の幅広さ”から、普段の暮らしで活用する方も増えています。手拭いの多くが天然素材の木綿で作られているため、吸水性が高く、丈夫でしかも使い込むほどに手なじみが増すという風合いの良さも人気の理由のようです。
さて、その「手拭い」のなかでも、今回ご紹介するのは、おしゃれなことはもちろん、地域の魅力も満載の『福山名産手拭い』です。
訪れたのは、福山市南東に位置する「鞆の浦」の、歴史的な街並みにある一軒。幕末の立役者である坂本龍馬ゆかりの「龍馬の隠れ部屋 枡屋清右衛門宅(ますやせいえもんたく)」です。
「そんな場所に手拭いが?」と思われた方もいるかもしれませんが、実はこの建物の一角にある「雑貨屋MASUYA」には、鞆の浦にちなんだ雑貨や、福山市の伝統工芸を現代風にアレンジした小物が並び、幕末の激動期に想いを馳せながらハイセンスな雑貨類を購入できると、遠方からも訪れる人がいるほどの人気ショップなのです。
その「雑貨屋MASUYA」が、オープン当初から販売している『福山名産手拭い』。
店主の奥様で、雑貨のプロデュース・アートディレクター・グラフィックデザイナーの江竜 陽子(えりゅう ようこ)さんに、手拭い製作の秘話などについて詳しくお聞きしました。
「雑貨屋MASUYA」が店を構えているのは、幕末の動乱期に土佐藩を脱藩した坂本龍馬が滞在したことで知られる「桝屋清右衛門宅」。
桝屋は江戸時代、廻船問屋として栄えた豪商の店舗兼住宅でした。1867年、龍馬が率いる海援隊の「いろは丸」が岡山県沖で紀州藩の蒸気船と衝突し沈没した「いろは丸事件」の際、賠償交渉のため龍馬は鞆の浦に上陸し、幕府から身を隠すために桝屋に滞在したと伝えられています。
この話は長らく言い伝えとして受け継がれてきましたが、1989年に地元有志が建物を調査した際、屋根裏から「隠れ部屋」が発見され、伝承が裏付けられました。その後、修繕や整備が進み、2011年からは一般公開されています。
坂本龍馬ファンなら一度は訪れたい「枡屋清右衛門宅」。江竜夫妻は現在、ここで雑貨店を営みながら、「枡屋清右衛門宅」の来館受付業務も担っています。
まずは、江竜夫妻とこの場所の縁の始まりについてお伺いしました。
「実は、私たちがここに移る前、別のご夫婦が同じように雑貨店を営んでいたんですが、事情があって引っ越すことになって。『枡屋清右衛門宅』が龍馬の隠れ部屋として一般公開されて間もない頃でしたので、私たちに、受付の業務も一緒に引き継いでほしいと相談されたのが、縁の始まりです」
陽子さんの出身は広島県福山市。神戸生まれのご主人が通っていた大学が福山市にあったことから、それまでに何度も鞆の浦を訪れていたお二人。そのご夫婦とも親交があり、白羽の矢が当たったそうです。
ただ当時、江竜夫妻は大阪住まい。グラフィックデザイナーとして「TAU GRAFHIC(タウグラフィック)」を立ち上げ活動していた陽子さんと、雑貨に興味のあったご主人は、いつかは地方で自分たちの店を持ちたいと考えていたものの、思い描いていた環境とは違っていたため辞退するつもりでいたとか。
「ですが、そのタイミングで娘を妊娠していることがわかったんです。生まれたら、別の場所に移るということも難しくなりますし、思い切って引き受けることにしました」
お腹に宿った娘さんに導かれるように鞆の浦に移ったお二人。
本業である「雑貨屋MASUYA」での雑貨販売に力を入れながら、移り住んだ当初から、まちの若手として地元の神事や祭りなどにも積極的に関わってきたそうです。
さて、「雑貨屋MASUYA」で取り扱う雑貨は、福山市に古くから伝わる「ものづくり」の技術を感じるものばかり。たとえば、以前この「なじみマガジン ONOMICHI」でもご紹介した、デニム生地生産の老舗「篠原テキスタイル」や、備後絣を現在風にアレンジしている「Bingo Style」などとコラボしたオリジナル商品、さらに伝統産業である「びんご畳表」を使った生活雑貨なども並びます。
そして、そのなかでも一際目を引くのが、赤と紺のコントラストが鮮やかな『福山名産手拭い』。
陽子さんがプロデュースしている「TAU GRAPHIC」の商品です。
実はこの手拭い、故郷である福山市の友人から持ち掛けられた、「結婚式の引き出物として、福山らしい商品を作ってほしい」という依頼をきっかけに製作されたそうです。
「式に参列する東京や大阪の方に『福山』を知ってもらうことができ、なおかつ記念に残る引き出物を作りたい、ということが友人の希望だったんです。そこで話を重ねていくうちに、福山の名産品や名所などをあしらった、日常使いできる手拭いを作ろう、というアイデアに辿り着きました」
そこで陽子さんは、友人や知人の力も借り、福山を象徴する名産品や名所をセレクト。福山城や特産品のくわいをはじめ、観光地であるここ鞆の浦の常夜燈や鯛網など24のイラストが、木綿の白い生地にプリントされました。
「友人や参列者たちも大喜びだった」という手拭いですが、この作品は、陽子さんにとって特に思い入れが深いようです。
「というのも、大阪に住んでいた頃、福山に帰省していざ大阪に戻ろうというときに、福山のお土産としてピンとくるものがなかったんです。いつか、生まれ故郷をPRできるような商品を作りたい。そんな思いを実現できたのが、『福山名産手拭い』でした」
「TAU GRAPHIC」の「TAU」(たう)は、備後弁で「足りる」や「到達する」という意味。故郷への思いを大切にしている陽子さんだからこそ、多くの方に福山の魅力を伝えたいという願いが込められた『福山名産手拭い』は、ご当地土産としてもぴったりだと言えます。
『福山名産手拭い』は現在、色違いで3種類を展開中。
今回ご紹介する「赤×紺」と併せて、「黒×黄土」と「緑×茶」があり、どれも、日本独特の色の組み合わせで、落ち着いた渋みを感じます。
では早速、袋から取り出してみましょう。
まず嬉しいのが、同封されている「解説書」。
白い手拭いに並ぶ24のイラスト一つひとつについて、丁寧に解説されています。やわらかなタッチで描かれた、思わず微笑んでしまうようなイラストと合わせて読むと、「へー、こんなものも!」と新たな気付きも。イラストも多種多様で、特産の食べ物から工芸品、伝統芸能から文化遺産まで、ありとあらゆる福山の魅力が描かれています。
なかでも、私の心を鷲掴みにしたのが「ボンネットバス」。市内では、今でも定期観光バスとして運行されているそうで、陽子さん曰く、JR福山駅近くにある福山自動車時計博物館では、春と夏に試乗体験ができるのだとか。深掘りすればするほど、「福山ツウ」になれそうです!
さて、このままインテリアとして飾ることも考えたのですが、やはり、皆さんに使い心地もお伝えしたい。ということで、一度水通します。
切りっぱなしなので使い始めは糸がほつれてきて少しびっくりしますが、徐々に落ち着いてくるそうです。
早速食器拭きとして使ってみると…拭いた瞬間、その吸水性にびっくり!
柔らかい手拭いがぐんぐん水気を吸い取ってくれます。さらに長さがあるので、一枚でどんどん拭けて気持ちいい。
しかも拭きあがりはサラッとしてて、手拭いを持っている自分の手までサラサラになっていきます。
なにより、福山の魅力が詰め込まれたかわいいイラストが気分をあげてくれて、いつもの家事が少し楽しい気持ちに。
福山のここに行ったな、これを食べたな、今度はここに行ってみたいな…と気づけばほっこりとした気持ちで福山に想いを馳せていました。
日常生活であまりなじみのない手拭いですが、一度使い勝手の良さを経験してしまうと次はどんな風に使ってみようかとアイディアが止まらない…すっかり手拭いの魅力にハマってしまいそうです。
お弁当を包んだりしてもよし、ハンカチの代わりにカバンに忍ばせたり、目隠しやほこりよけに使うのもよし、なんでもよしの手拭いに、昔から使われている必需品としての価値を改めて実感しますね。しかも、かわいらしいイラストが心を和ませてくれるのも嬉しい。
飾って良し、使って良し。おすすめの逸品です。
「観光で訪れた方はもちろんですが、地元福山の方にもぜひ手に取っていただきたいですね。『福山ってこんなに素敵なものや場所があるんだ』と再認識していただくきっかけになればと思っています」と陽子さん。
これからも、福山や鞆の浦にまつわる商品をプロデュースし続けたい、という江竜夫妻。
緩やかな時間が流れる鞆のまちを散策しながら、ぜひ「雑貨屋MASUYA」に足を運んでみてはいかがでしょうか。
現在『福山名産手拭い』は、通販サイト「Yahoo!ショッピング」の他、以下の店舗で販売中です。