創業1582年、日本最古のお酢メーカーが手掛けるぽん酢
広島県尾道市にある「尾道造酢株式会社」は、日本で現存する最も古いお酢のメーカーです。
地元尾道では「カクホシさん」と呼ばれ、ここでつくられたお酢を常備されているご家庭も多いのではないでしょうか。
創業は戦国大名 織田信長が家臣の明智光秀に襲撃された「本能寺の変」が起こった1582年(天正10年)。それから440年以上も、ただただお酢づくりに専心している老舗です。
場所は、JR尾道駅からゆっくり東へ歩いて20分程、本通り商店街を抜けたところにあり、外観は一見小さな会社。ですが中に入ると、その奥行きの広さに驚きます。なにより、歴史の厚みを感じる蔵の造りには圧倒されます。ここに440年以上も前からお酢をつくり出す「菌」が住み続けていると思うと、自然が織りなす発酵の不思議も感じます。
今回ご紹介するのは、尾道造酢が手掛けるぽん酢の中でもフルーティーさが際立つ『尾道特産フルーティ―ぽん酢』。「いちじく酢」に「橙(だいだい)果汁」を配合した、口当たりまろやかな逸品です。
お話を伺ったのは工場長を務める丸尾仁人(まるおよしと)さん。
まずは、その歴史ある会社の歩みからお聞きしました。
キューピーマヨネーズでも使われる尾道造酢の技術
尾道造酢が創業した安土桃山時代は、食物を保存するために、東日本では塩が、西日本ではお酢が利用されていたといいます。お酢は世界最古の調味料とも言われ、日本で醸造が始まったのは今から1,600年ほど前の和泉国(今の大阪府堺市)。
当時尾道に暮らした豪商がその地より職人を呼び寄せ、お酢づくりが始まったそうです。豊かな地下水、さらに発酵に欠かせない温暖な気候に恵まれた尾道は、その後お酢の産地として名を馳せ、江戸時代に入ると、北前船で東北や北海道まで運ばれたとか。
「大正時代に入り、当時あった10社ほどの造酢会社のうち5社を束ね、それぞれの良い特徴を持ち寄り、この会社を拠点に尾道造酢が誕生しました。そこから数えても、現在の社長は10代目になります」
そして、尾道造酢がさらに大きく発展したのは戦後の昭和20年代。当時この会社で開発された「水平式連続発酵方法」という独自の発酵方法により、お酢づくりが飛躍的に前進します。さらに、日本酒や酒粕だけを原料とするそれまでのお酢に加え、リンゴや大麦を利用した西洋酢の製造にもいち早く着手。そのことが、日本人の食文化が洋食へも広がりを見せていた時代に、「マヨネーズ」の誕生とも結びつきます。
「昭和29年頃、マヨネーズ用の西洋酢のニーズが高まり、その頃製造していたリンゴ酢や大麦からつくったモルトビネガーをキューピーに提供したそうなんです。そこから共同開発が始まりマヨネーズが完成しました。当社の水平式連続発酵方法はキューピー醸造にも引き継がれています」
当時、入社したばかりだった丸尾さんのお父様もその様子を覚えているとか。今やどこの家庭にもあるマヨネーズですが、尾道造酢の先見の明と、新しい技術や時代の変化への順応力があったからこそできあがったものと言えます。その後、丸尾さんのお父様は長年にわたり工場長を務め、現在も相談役として尾道造酢に欠かせない役割を担っています。
そのお父様から工場長を引き継いだ丸尾さんに、お酢の醸造工程をお聞きしました。
「お酢は、アルコールを酢酸菌で発酵させてつくります。当社では、主に酒粕を原料としており、まず酒粕を3年間熟成させるところから始めます。最初白かった酒粕はその間に茶色へと変色し、次の工程で、熟成した酒粕をお湯で溶かし仕込み液をつくります。それを布の袋に入れ、酒の圧搾と同じようにいくつも重ね、酒粕汁を抽出していきます。そして、先ほどお話した水平式連続発酵方法を利用し酒粕汁に酢酸菌を移植すると、ゆっくりと時間をかけ発酵し、お酢に姿を変えるんです」
なにより大切なことは、酢酸菌を良い状態に保つこと。そのためには1年365日、毎日の世話が必要です。休むことのできない作業ですが、良質なお酢を作るためになくてはならない仕事だといいます。
「酢酸菌の世話をするために、休みの日もこの蔵に通っていた父に連れられ、私も幼い頃からここによく来たものです。幼心に大変な仕事だなと思っていましたが、私もここでお酢づくりに関わるようになり、その日々の積み重ねこそが尾道造酢の長い歴史に繋がっているんだと感じます」
尾道特産のいちじくを有効活用!フルーティーなぽん酢
さて、その伝統ある尾道造酢がつくった『尾道特産フルーティーぽん酢』はどのようなきっかけで開発されたのでしょうか?
「あるとき、地元の農業関係者から、尾道の特産品いちじくを有効利用する方法がないかと相談されたんです」
尾道で栽培されているいちじく「蓬莱柿(ほうらいし)」の生産量は、全国有数を誇ります。
8月から収穫が始まり10月の初旬まで、この季節の果物として買い求めるファンも多いこのいちじくですが、口が開くとすぐに傷んでしまい売り物にならないのが難点。食べ頃なのに消費者の手に届かず、廃棄するしかないことに頭を悩ませていた地元の生産者が相談を持ちかけたのが尾道造酢だったそうです。
「そもそも、糖度があれば、どんな果汁からでもお酢はつくれるんです。ただ、どのくらい果汁が搾れるかがポイント。試したところ、いちじくの実からその7割にも及ぶ果汁が搾れ、お酢をつくるのに充分だとわかりました。そこで、市場には出回らないいちじくを搾汁し、じっくりと発酵させた後に、まろやかさを出すために半年間熟成させ、およそ1年かけて芳醇な香りの『いちじく酢』をつくり上げました」
完成した「いちじく酢」は当初、「無花果酢いーと」という名の飲むお酢として販売され、地元はもちろん、観光客にも人気を集めたとか。
「その後開発したのが、この『尾道特産フルーティーぽん酢』です。『いちじく酢』のおいしさはわかっていましたので、数ヶ月で完成しました。1番の特徴は、いちじくの瑞々しさがダイレクトに伝わってくるフルーティー感。そこに橙(だいだい)果汁を加えてぽん酢としてのさっぱり感を持たせています。いちじく酢と橙果汁だけで配合割合が約48%を占めます。そのため一般的な醤油味の強いポン酢とは違い、いちじくと橙の素材の良さが感じられる味わいに仕上がっています」
以前より、橙の果汁を搾り販売する業務も行っている尾道造酢。同じ尾道市瀬戸田町の生口島で栽培された橙は、瀬戸内の日差しをたっぷり浴びて味わいも良く、多くのお客様に重宝されてきました。
いちじくと橙という、どちらも瀬戸内、尾道で育つ素材を活かし、尾道で歴史を刻んできた老舗がポン酢に仕立てる。まさに、土地の人と物と歴史がつくり上げた逸品といえます。
博多出身の私もおすすめ!水炊きに合う「尾道ぽん酢」
丸尾さん曰く、鍋物の水炊きにも揚げ物にも、生野菜のドレッシングとしてもおすすめという『尾道特産フルーティーぽん酢』。
瓶を手に取ると、いちじくや橙のイラストが描かれたラベルに目を惹かれます。優しく落ち着きのある色合いは、尾道の雰囲気とも重なります。中に見えるぽん酢の色は薄め。醤油の配合が一般的なものに比べ少なく、果汁の割合が高いことがわかります。
では、さっそく水炊きのつけだれとして、だし汁で薄めずにいただいてみます。
まずは鶏肉から。
口に入れた瞬間いちじくの風味が広がり、優しい甘味と橙のさっぱり感が鶏肉の旨みを引き立てます。お酢特有のツンとした香りは一切感じず、橙のやわらかな香りのみ。その香りは素材の味わいを邪魔することなく爽やかです。
白菜やニンジンなどの野菜も、素材が持つ甘さにいちじくの果実感が加わり、より華やかなおいしさに感じます。
そして最後に、器に残ったぽん酢のみを。だしの効いたスープのようで、旨みがすごい。他のぽん酢ではこうはいきません。いちじくと橙の相性の良さを表現した『尾道特産フルーティーぽん酢』だからこそのいただき方です。
水炊きの本場、博多で生まれ育った私が友人や家族にもおすすめしたいと思えるぽん酢です。
さらに、イカと野菜の揚げ物、そして生野菜にも。
水炊きと同じように、まず感じるのはいちじくの風味。フルーティー感は水炊きよりさらに際立ちます。揚げ物に生野菜と、素材それぞれのおいしさも感じつつ、それらを包み込むまろやかさもあり、ついつい、次の一口に手が伸びます。
『尾道特産フルーティーぽん酢』の楽しみ方は素材問わず様々です。
ですが、私が皆さんにまずおすすめしたいのは、小さなスプーンでぽん酢のみを味わってみること。いちじくの優しい甘さ、橙の爽やかな酸味、それらが織りなすまろやかで華やかな味わい。そして、なにより後味の良さ。いかに完成度が高いぽん酢か、ということをわかっていただけるはずです。
最後に、丸尾さんに尾道造酢として、今後どのように歴史を重ねていきたいかをお聞きしました。
「そうですね。やはりこの尾道に根を張り、お酢をつくり続けていければと思っています。440年以上受け継いできた昔ながらの製法と技術を守りながらも、地元の農産物を使った新たなお酢づくりにもチャレンジしていきたいです。これまでもそうだったように、伝統を守りながら、併せて先人たちから続く挑戦心もさらに繋いでいきたいですね」
現在、『尾道特産フルーティーぽん酢』は通販サイト Amazon、公式ホームページの他、下記店舗でも購入できます。ぜひ、味わっていただきたい逸品です。
- 尾道市:ええもんや各店、ええじゃん尾道、フレスタ(一部店舗)、大浜PA上下線、瀬戸田PA上下線
- 三原市:道の駅みはら神明の里
- 東広島市:小谷SA上り
- 福山市:さんすておみやげ街道(JR福山駅)
- 広島市:ひろしま夢プラザ
- 東京都:ライフ(一部店舗)