高原の町、美星の産みたて卵でつくられる「ゆで卵サンド」
一口に「サンドイッチ」と言っても、生野菜やハム、ベーコンなどをサンドした食事系のものから、たっぷりの生クリームとフルーツをサンドしたスイーツ系のものまで、そのラインナップは多種多様。皆さんの好みもさまざまでしょうが、不動の人気を誇るサンドイッチと言えば「卵サンド」ではないでしょうか。
聞くところによれば、近頃、日本を訪れる外国人観光客にコンビニの「卵サンド」が人気だとか。私たち日本人にとっても、手軽に購入できる「卵サンド」と言えば、まずコンビニを思い浮かべる方が多いのでは?
改めて考えてみると、案外、購入場所の選択肢が少ないことに気づきます。
さて、今回ご紹介するのは、養鶏を手掛ける会社がつくる本格的な『ゆで卵サンド』。
産みたての新鮮な卵をたっぷりとサンドしたボリューム満点の「卵サンド」を手軽に食べられるなんて、想像するだけでワクワクしませんか?
訪れたのは、岡山県の南西部に位置する井原市美星町。
この地で2011年より養鶏所「美星農場」を営んでいる「有限会社 阪本鶏卵」です。2020年には、鶏舎が見える山の上に直売所を設け、卵や卵製品など、美星町で育まれたおいしさを堪能できる新たなスポットとして注目されています。
美星町は、その名の通り「美しい星空」が自慢の町。
平均標高が約300mの高原地帯で、澄みきった空気の夜空には満天の星が輝きます。天文台や公園なども整備され、まちを上げて取り組む星空の環境保全活動は、世界的にも認められています。
その美星の山の上にある、阪本鶏卵の直売所。
併設された見晴らしデッキには木製のテーブルと椅子が設置され、響き渡る鳥のさえずりを聴きながら、絶品の『ゆで卵サンド』を頬張ることもできます。
お話を伺ったのは、阪本鶏卵の代表、阪本 晃好(さかもと あきよし)さん。
美星の里で産まれる「星の里たまご」の特徴や、『ゆで卵サンド』の絶品たる所以など、詳しくお話をお聞きしました。
たまご屋がつくるこだわりの卵製品
「眺めも良くて、素敵な場所でしょ。この美星直売所は、週末ともなると地元の方はもちろん、広島市内からわざわざお越しになるお客様もいらっしゃるんです。『ゆで卵サンド』は水曜日と土曜日限定で販売していますが、特に土曜日はそれを目当てに来られるお客様も多いですね」
卵サンドは、『ゆで卵サンド』の他、「煮卵サンド」、「厚焼サンド」、「鶏そぼろサンド」の全4種類。中でもお客様が特にお目当てにしているのが『ゆで卵サンド』だとか。そのおいしさに迫る前に、まずは、養鶏を行う会社がなぜ『ゆで卵サンド』をつくるようになったのか、その理由からお聞きしました。
「会社の始まりは、私の祖父が水島(岡山県倉敷市水島)で日用品店を営んでいた頃まで遡ります。いわゆる、野菜やお肉から生活雑貨まで販売するお店でしたが、父の代からは卵の卸業も営むようになったんです。井原市や笠岡市の養鶏所から卵を仕入れて、飲食店やスーパーなどに卸していたようですね」
井原市は、全国有数の養鶏が盛んな地域。そのため、新鮮な鶏肉や卵を活かした料理店やお菓子店も多いと言います。トラック1台からスタートした事業は徐々に拡大し、いち早くプラスティックのパック詰めを行ったのも阪本鶏卵だったとか。ただ、当時は卵がとても安かった時代。今でこそ、1パック200円を超えるのが普通ですが、当時はその半額以下という値段も珍しくありませんでした。
「利益を見込みにくい卵の卸業だけでは、先行きが心配だったんでしょうね。父は卵を使った食品開発に乗り出しました。卵を仕入れた際、サイズが規格外のものや、ヒビが入ったものなど、B品として扱われる卵がたくさん手元に残ったため、それを利用したいという理由もあったと聞いています。もちろん卵の味は同じですので、『たまご屋がつくる卵製品』として売り出したんです」
水島の自宅横に併設した工場でつくり始めた卵焼きや温泉たまごなどの商品は、工場の多い水島工業地帯を中心に、工員たちのお弁当のおかずとして重宝されたとか。その後、1981年には卵の選別工場と加工工場を建設し、商品づくりも本格化。茶碗蒸しや玉子豆腐など「卵」を使った商品を続々と開発したそうです。
「その際、苦労したのが味付けだったようですね。味の最終決定は味覚が敏感な父が行うんですが、機会があれば、お客様や取引先のスーパーの担当者などに試食をしてもらい、客観的な意見を取り入れながらおいしさを探っていたようです」
こだわりの味付けの決め手となるのは「出汁」。卵製品に使われがちな調合エキスは一切使用せず、昆布や鰹節などから抽出した本格的な出汁のみを使用しています。
さらに、商品の特徴として挙げられるのが、使用する「卵の量」。卵の卸業を営んでいるからこそ、充分な量を商品づくりにも反映することができます。「余剰品の卵をいかに無駄なく利用するか、という考えから商品開発が始まっていますので、卵製品を製造する他の会社とは、そもそもの発想が違うんです」と阪本さんは説明します。
そんな阪本さんですが、小学生の頃から、長期休暇になると工場での卵割りを手伝っていたとか。お父様の後を継ぐことは自然の流れだったのでしょうか。
「いえいえ、私は25歳まで銀行に勤めていたんですが、当時は定年まで銀行で働き続けるつもりでした。ですが、父の体調が悪くなり、家業を手伝わざるを得ない状況になったんです」
覚悟を決めて阪本鶏卵の一員となったものの、「卵」に関する知識がほぼない中、工場での商品づくりから新規開拓も含めた営業に至るまで、自分ができることは何かと模索する毎日だったそうです。
何度でも食べたくなる!ブランド卵でつくられる「ゆで卵サンド」
阪本さんが家業にも慣れた2011年。阪本鶏卵は、それまでの卵の卸業と卵製品の製造販売に加え、「養鶏」もスタートします。それには、卵の「品質低下」という理由があったとか。
「鶏のエサとなる飼料が高騰したことにより、エサのレベルが低下して卵の品質も悪くなったんです。そのせいで、卵の殻を剥いたときに白身が崩れてしまったり、黄身が白身の外に出てしまったりと、ロス品が多くなりました。鶏は良い餌を食べないと、良い卵を産まないんです。その上、品質が良い卵を安定して調達するのも難しくなって、自分たちで養鶏に取り組む他、選択肢はありませんでした」
そんなときに縁あって紹介されたのが、美星町の養鶏業者。
廃業を決められていたその業者から鶏舎を譲り受け、つけた名前は「美星農場」。阪本さんは、素人同然から徐々に養鶏の知識を習得し、データ管理を徹底する日々を過ごします。卵の収量が少ないときには原因を探り、その結果、いち早く異常に気づくことがいかに重要かを学んだとか。
現在はITを活用し、時間や場所を問わず、鶏舎の様子や卵の量を確認できるシステムを導入しているそうです。
「エサにもこだわっています。配合飼料をベースに、卵製品の出汁を取った後の昆布や鰹節、地元の米農家から譲ってもらった米ぬか、おからなどを混ぜ、納豆菌やヨーグルトの菌で発酵させたものです。その『発酵飼料』のおかげで旨みが増し、卵特有の生臭さもありません。しかも白身にしっかりとした弾力があるんです。さらに、鶏に与えている地下130mから汲み上げたアルカリ天然水も、卵の品質を高めています」
実際に、美星で生まれたブランド卵「星の里たまご」のおいしさは、味に敏感でない人でも一口食べるだけでわかるとか。特に旨みについては、人の舌と同じ感覚を持つ味覚センサーで計測した場合、一般的な卵と比べても桁違いの数値を示すそうです。
このように順調かに見える養鶏ですが、「卵製品を製造販売する中で、いつも同じ課題を抱えていた」と阪本さんは言います。
「どれだけ良い卵でも、価格が安すぎることは常に課題でしたね。その状況を変えるには、阪本鶏卵の卵や商品のおいしさを知ってもらうしかないと思ったんです。それができれば、卵自体の価値を高めることができるはず。そこで思いついたのが、工場で製造したできたての商品を販売する『直売所』を設けることでした。まず手始めに販売したのは、工場で焼き上がったばかりでホカホカの厚焼き卵だったんです」
「良いにおいがする!」「温かくておいしそう!」
阪本さんにとって、直接お客様の声を聞くのは初めての経験でしたが、思いのほか喜んでくれる様子に触れ、お客様に直接商品を届けることの大切さを感じたと言います。
それを機に、自らも商品開発に乗り出した阪本さん。ついに『ゆで卵サンド』づくりに取り掛かります。
「卵サンドは『卵』のおいしさを伝えるには最適の食べ物なんです。しかも、誰にでもなじみがあって、嫌いな人も少ないですよね。ただ、実際につくろうとすると難しかった。『ゆで卵サンド』完成までに3年ほど費やしました。素材がシンプルで卵のおいしさもダイレクトに感じていただける反面、味付けの良し悪しもはっきりと出てしまうので苦労しましたね。ですが、知り合いのフードコーディネーターと、卵に混ぜ合わせる特製ソースを開発したことで、唯一無二の『ゆで卵サンド』が完成しました」
ゆでた卵の殻をむき、白身と黄身に分け、網に押し当て細かくクラッシュ。それに特製ソースを混ぜ合わせパンに挟み、最後にカットしてパックに詰める。これらの作業は全てスタッフによる手作業です。
特製ソースの味わいは?と伺うと、「優しいの一言です」と阪本さん。卵のおいしさを引き立てるよう調味料を配合したマヨネーズベースのソースは、酸味も強すぎず、何度でも食べたくなるような味付けがポイントです。
もちろん、卵を挟むパンにもこだわっています。製造をお願いしているのは、全国に約100店舗を展開する「岡山木村屋」。添加物を極力控え、パンそのものの味を主張しすぎることがない風味が、『ゆで卵サンド』にピッタリだとか。
「おかげさまで、販売日には行列ができることもあります。自分たちが作った商品を手にとって喜ぶお客様の姿は、工場スタッフのやりがいにも繋がっています」
卵の味わいが感じられる!たまご屋がつくる「ゆで卵サンド」
卵の価値を高めたいとの思いで、『たまご屋がつくる卵製品』として開発された『ゆで卵サンド』。
一体どんな味わいなのか、私の期待も高まります。
手に取った商品を見てまず驚くのが、そのボリューム。パックに入っている卵サンドの厚みは、コンビニサンドの約3倍。しかも、卵の量がパンの厚みを遥かに超えていて、重さもずっしりです。
ではさっそく、大きな口で頬張ります。
クラッシュした卵が口の中でふわっとほどけ、優しい美味しさが口いっぱいに広がります。
塩味は強すぎず、酸味もなく、ほのかな甘味があり、卵そのもののおいしさが際立っています。おそらくこの味わいは、卵本来の旨みに加え、マヨネーズベースの「特製ソース」によるもの。一般的な卵サンドだと、どうしても調味料の味が前面に出てしまいがちですが、この特製ソースには、一体どんな秘密が隠されているのか気になります。まさに「卵のおいしさを最大限に引き出す魔法のソース」。
ですがそれも、卵そのものがおいしいからこそ。卵と特製ソースのどちらもが、おいしさの相乗効果を生み出していると実感です。
しかも、卵とパンとのバランスが絶妙。しっとりとした岡山木村屋特製のパンが、優しい味わいの卵を包み込むような役割を果たしています。
さらに、食感もこれまでの卵サンドとは全く違い、特に白身のプリッとした歯ごたえがたまりません。これは、黄身と白身を分け手作業でクラッシュしているおかげ。卵サンドを食べているのですが、絶品の卵料理をいただいているような感覚にもなり、阪本鶏卵の『ゆで卵サンド』はまさに卵サンド界の逸品だと断言します。
「『ゆで卵サンド』をめざして、この美星直売所に足を運んでくださるお客様も多く、この商品が、阪本鶏卵の卵を知っていただくきっかけにもなっています。『ゆで卵サンド』を購入してくださったお客様が、併せて『星の里たまご』を購入してくださることもありますし、さらにそこから口コミで卵を買いにくるお客様もいらっしゃるんです。お客様が繋いでくださるご縁に感謝しかないですね」
自らの役割は「卵の価値を高めること」と話す阪本さん。
美星の里で生まれた卵から丁寧につくられた『ゆで卵サンド』を通じて、卵のおいしさを再認識した方も多いはずです。皆さんもぜひ、星空の美しいこのまちで『ゆで卵サンド』を味わってみてはいかがでしょうか。
現在、阪本鶏卵の『ゆで卵サンド』はネット販売などはしておらず、以下の場所で購入できます。
- 阪本鶏卵 美星直売所:毎週水曜日・土曜日
- 阪本鶏卵 水島本社 工場直売所:毎週火曜日・水曜日・金曜日・土曜日