木工職人の手作業により作られる木製パームレスト
「なじみマガジン ONOMICHI」では、これまで「逸品」と呼ばれるさまざまな工芸品や銘菓、食材などをご紹介してきました。
ものづくりに対する作り手の情熱やこだわりなどを伺う中で、いつも感じるのは、「この作り手だからこそ、この逸品を生み出すことができた」という思い。お客様の喜ぶ姿、満足のいく笑顔を思い浮かべながら、手間暇を惜しむことなくものづくりに向き合う様子にはいつも感動を覚えます。
さて、今回ご紹介する商品も、まさに作り手の思いが形になった逸品。
日本屈指の婚礼家具生産地である広島県府中市で、手作業による卓越した木工技術を駆使して製作された「木製パームレスト」です。
パームレストとはパソコン作業の際に使うもので、キーボードの手前に置き、タイピングの際に手首をのせるもの。使用することで、手に負担をかけずに効率良くタイピングすることが可能です。
シリコンやガラス、プラスチックを素材として作られるものも多い中、ご紹介するパームレストは、ウォールナットやブラックチェリーなどの高級無垢材から作られています。
訪れたのは1948年創業の「松葉製作所」。
副代表である木工職人、松葉 寛和(まつば ひろかず)さんに『汎用型 亀甲名栗(きっこうなぐり)木製パームレスト』について、お話を伺いました。
木型製作の高い技術力と発想力が生み出す商品の数々
松葉製作所は、車のエンジンやギアなどの「木型製作」を事業の中心として創業。戦後の高度経済成長に伴い、車の需要が増加するとともに発展してきた会社です。
「エンジンなどの精密部品の型は鋳物でできていますが、その基となる金型は長い間、木で作られていたんです。木は削ることで微調整を行えるのがその理由です。1ミリ以下の精度を実現できる手作業の技術力は、機械に勝ると言えます」と、松葉さん。
ノミをはじめとする刃物で木を削り出しながら、精巧な部品の型を丁寧に仕上げていく作業。車の要となる部品を作るには、当然、職人の熟練した技術が不可欠です。併せて、集中力を切らさずにノミを持ち続ける忍耐力も必要とのこと。
「松葉製作所の職人たちには、諦めずに仕事に向かい続ける精神力があったんだろうと思います」
車の部品以外も、旋盤機械などの木型も作っていたという松葉製作所。
今でこそ、3Dプリンターの普及で木型の需要はほぼなくなったそうですが、その技術力は現代にも引き継がれています。
そもそも、システムエンジニアとして大阪で仕事をしていたという松葉さん。会社の代表を務める父、正義さんの下で働き始めたのは、2009年のことだそうです。
「SEだった頃は激務でした。2ヶ月近く休みなしということもありましたし。次第に体調も優れなくなって、畑違いの仕事でしたが、故郷に帰って心機一転、父の仕事を手伝おうと決意したんです」
ただ、当時はリーマンショックの煽りを受け、日本各地の町工場が次々と倒産を余儀なくされていた時期。松葉製作所としても、何かしらの手を打たなければならない危機的な状況だったと言います。
「いざ帰ったものの仕事がなかったんです。このまま、木型製作だけに頼っていたのでは会社として生き残れないのは明らかでした。そこで、長年培ってきた精密作業にも対応できる技術力を応用したものづくりができないか、と考えるようになったんです」
そして製作したのが、銘木を材料としたiPhoneケース。木型製作の技術を駆使し、厚さ2ミリまで木を薄く削り、同時に手にした時のしっとりとした質感と優れたデザイン性を実現した作品は大きな反響を呼びます。
「曲線や曲面を削り出す技術も活かしました。iPhoneケースを持った際、角張らない滑らかなカーブも評価していただいたようです」
他にも、AirPodsの木製ケースや、削りたての木の香りを楽しむ木聞器(KiKiKi)など、技術力と発想力を駆使し商品開発に取り組んできた松葉製作所。
その過程で、お客様からの要望を受け製作したものが、今回ご紹介する木製パームレストだったそうです。
「一生もの」と高い評価を得た、HHKB専用パームレストの製作
「ある時お客様から、株式会社 PFU(本社:石川県)が開発したパソコンキーボード『HHKB』専用のパームレストを作ってほしいというご依頼をいただいたんです。新たな商品開発を模索していた時期でしたので、難しいことは承知の上で製作に踏み切ることにしました。お客様のニーズを私たちが持てる技術と設備を存分に活かして形にする。これこそが、松葉製作所らしさですので」
そして始まったパームレスト製作。
コンパクトなボディーが特徴のHHKBのパソコンキーボードは、質感が素晴らしく静音性に優れ、指に吸い付く感じがとても使いやすいと人気のキーボード。
そんな特徴を持つキーボードを最大限に活かすべく、手を置いた時の快適さ、タイピングをスムーズに行える機能性、さらに木製ならではの温かさなどを追求したそうです。試作を繰り返し、ついに完成した「HHKB専用 亀甲名栗木製パームレスト&キーボードルーフパームレスト」は、「一生もの」と高い評価を得ます。
「この挑戦が、私たちが培ってきた技術力を新たな形で発信するきっかけとなったことは間違いありません。その後、さらに多くの方に使用してほしいと思い製作したのが、各種キーボードのサイズ展開にも対応する『汎用型 亀甲名栗木製パームレスト』です」
HHKB専用パームレストと同様、天面にはノミで一彫ずつ削る「亀甲名栗」という加工が施してあり、あえて天面に凹凸をつけることで、手を置いた際の心地良さを実現。婚礼家具の彫刻も手掛けていたという、職人歴50年の父、正義さんの技がここに発揮されています。
素材には、高級無垢材を採用。黒のキーボードにマッチする渋い色合いのウォールナット、使い込むほどに飴色に変化していくブラックチェリー、柔らかな色味のメープルと、それぞれ特徴的な3種類です。また、S、M、Lのサイズ展開で、一般的なキーボードの大きさにも対応しています。
「もちろん、充分に乾燥させた木を使用していますが、加工の際にも工夫しています。パームレストの両サイドに硬い黒檀の板をはめ込むことで、木の繊維の向きによる歪みが起こらないようにしたり、裏面の一部に凹み加工を加えることで乾湿によるねじれを防いでいるんです。さらに、タイピングの際、どこに触れても角張ったところがないように、曲線と曲面の加工も施しています。
機能を追求していくと、自然と美しいものに仕上がる。まさに機能美だと実感しています。無機質なパソコン機器に『木の潤い』を加えることができれば嬉しいですね」
機能美とタイピング効率向上を兼ね備えた究極のパームレスト
さて、日頃からパソコンに向かうことが多い私も、実際に『汎用型 亀甲名栗木製パームレスト』のウォールナットを使用してみます。
まず目を惹くのが、そのフォルムの美しさ。
曲線のRの滑らかさに加え、手作業で彫られた亀甲名栗の模様が、パームレストの表情に豊かさを与えています。光の当たり具合によってできる陰影が、さらに美しさを際立たせています。
また、両サイドの黒檀の黒が、蜜蝋塗装が施されたウォールナットの飴色(メープルのみウレタン塗装)の良いアクセントに。やわらかな雰囲気にスタイリッシュ感をプラスしています。
実際に手を置いてみると、無垢材のスベスベとした肌触りがとても心地いい。曲線的な輪郭も相まって、ついキーボードではなくパームレストの方をしばらく撫でてしまいました。
肝心のパームレストとしての性能ですが、手前がRに削られていることで手首が自然と楽な角度になり、違和感を感じることがありません。亀甲名栗の彫刻が絶妙なフィット感を生み出し、不思議とリズム良くスムーズに指が動き出します。
また、無垢材は熱伝導率が低い木材としても知られており、実際、手を置いても冷たさを感じにくくタイピングに集中することができました。
さらに嬉しいのは、木製のパームレストがあることで、簡素になりがちなパソコン周りに温かみが加わること。一生もののアイテムを手にすることで、日頃の作業に重厚さが増すことは言うまでもありません。
加えて、パームレスト裏に刻印された松葉も、商品そのものの価値を高めるアイコンに。本体パッケージに描かれた「松の木」のイラストデザインも秀逸です。
どこをとっても、自分史上究極のパームレスト。このクオリティに見合う仕事を。そんな気持ちも湧いてきます。
「使う方の目線に立ち、ものづくりに取り組むことにこだわっているんです。松葉製作所の都合ではなく、求められたものを私たちが持てる技術力で形にすることが大切。1ミリ以下の精度を実現できる職人技は、国内だけでなく、海外にも通用すると思っています」と、松葉さん。
実際に、松葉製作所の木製パームレストは、アメリカやヨーロッパからの注文も絶えないとのこと。クオリティーを極限まで追求した逸品は、現在、納品まで2ヶ月待ちだそうです。
「今後はキーキャップの製作も予定しています。デスク周りを中心に、『木の潤い』を感じていただけるような商品を提案していきたいですね。松葉製作所の技術も継承しながら、良いものを息長く作り続けていければと思っています」
現在、『汎用型 亀甲名栗(きっこうなぐり)木製パームレスト』は、通販サイト 楽天市場(ふるさと納税)、公式ホームページから購入できます。
皆さんも、伝統の技が生み出す「一生もの」を手にしてみませんか。