100年以上作り続けられる瀬戸田銘菓「みしま饅頭」
広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約60kmの「しまなみ海道」は、瀬戸内海に浮かぶ島々の風景を存分に楽しむことができることから、世界各地から年間30万人のサイクリストがここを訪れます。
その中央にあたる尾道市瀬戸田町(※以下、瀬戸田)は、多々良大橋を渡れば愛媛県という県境に位置、島を一周するサイクリングロードからは斜面に広がる柑橘畑と瀬戸内の多島美(たとうび)を望むことができ、自転車を止め、カメラを手にするサイクリストの姿をあちこちで見かけます。
その彼らもよく立ち寄るという御菓子司「みしまや」は、瀬戸田の観光地として有名な「平山郁夫美術館」や「耕三寺」、「しおまち商店街」の程近くに店を構えています。
名物は、明治42年の創業以来100年以上にわたって作り続けられている『みしま饅頭』。どこか懐かしく、しっとりした食感と優しい甘味が絶品の酒饅頭です。
瀬戸田で最も歴史のある和菓子店みしまやの4代目、井上 豪さんに、『みしま饅頭』誕生の秘話や、人々を魅了するおいしさへのこだわりなどについてお伺いしました。
島民にも愛される「みしま饅頭」はサイクリストにも人気
創業時から、みしまやの看板商品として親しまれてきた『みしま饅頭』。考案したのは、井上さんの曽祖母様です。
「そもそも、みしまやの前身は、生活に必要な日用品を取り扱う『何でも屋』だったんです。当時はもちろん橋もなく、本土との行き来は船のみでしたので、うちのような店は重宝されたようですね。その頃、島で盛んだったのが塩田(えんでん)事業。肉体労働で疲れた人たち向けに作り始めたのが『みしま饅頭』だったと聞いています」
塩田で働く労働者が、甘いものを口にしてほっとできるようにと作られたその饅頭は、店に並べるや否や、瞬く間に評判となったそうです。
「曽祖母が饅頭作りを得意としていたかどうかは分かりませんが、炎天下で汗をながす島の人たちを思って作ったんでしょうね」
それ以来、『みしま饅頭』をめざして店を訪れる人も多くなり、家業は徐々に和菓子作り専門に。2代目からは「御菓子司」としてのれんを掲げたそうです。地元の労働者のために作った『みしま饅頭』の思いを受け継ぎ、その後も、「島の人たちが喜ぶ菓子作り」を大切に歩んできたみしまや。お餅やおはぎなど、島民にとって季節の節目に欠かせない和菓子も作り続けています。
「先代の頃から、耕三寺御用達として法要などの際には当店の和菓子をお供えさせていただいています。さらにありがたいことに、『みしま饅頭』は地元の人たちにとって、島外に出る際の手土産としても重宝されています。ですので、開店は朝一番の船の出航時間に合わせて7時。生地を寝かせたりと仕込みもありますので、もちろん起床は早くなりますが、朝からわざわざ足を運んでくださるのが嬉しいですね」
瀬戸田の和菓子店として歴史を刻んできたみしまやですが、しまなみ海道が開通してからは、観光客が立ち寄る機会も随分増えたとか。
「『おいしかったから、また買いに来たよ』と遠方から来店されるお客様もいらっしゃいます。それから、サイクリング途中に店を訪れる方も多いですね。『みしま饅頭』を手に、一息ついておられるようです」
自家製あんこと秘伝の皮。おいしさを追求するたゆまぬ姿勢
地元の方だけではなく、サイクリストを含め、今やその味を求めて島外から足を運ぶファンもいる『みしま饅頭』。おいしさの秘訣はどこにあるのでしょうか。
「曽祖母が作り始めて以来、2代目、3代目、そして私が、作り手として胸を張って『おいしい』と言えるものだけをご提供しています。時代とともにお客様が好む味も徐々に変化していますので、その時々に合わせたおいしさを表現しようとこれまでやってきました。あんこに関しては、家族みんなで定期的に吟味を繰り返しているんですよ」
4代目として、すでに40年近くみしまやの味を追求してきた井上さん。今は5代目を継ぐ息子さんにあんこ作りを任せているそうです。
「北海道産の小豆は、変わらずに使い続けている材料です。作り方はシンプルですが、炊き込み加減や、仕上がりの見極め方など、気を遣う場面はたくさんあります」
井上さん自身、父親から受け継いだあんこの味。職人気質で言葉数の少ない先代の姿を見ながらその技を習得し、さらに自らの様子を5代目に見せることで、みしまやの味を繋いでいます。
「あんこは任せましたが、皮となる生地は今も私が作っています。その材料や製法は一子相伝。息子に伝えるのはもう少し先になりそうですね」と笑います。
酒饅頭の風味の決め手となる、生地に含まれる「甘酒」。その分量や他の材料との塩梅を考えつつ、口にした時の皮のしっとりとした食感やあんことのバランスなど、先代の教えを受け継ぎながらも、最高の『みしま饅頭』に仕上げるために試行錯誤を繰り返したと言います。
「気温や湿度などの違いが生地の水分量に大きく影響しますので、夏と冬ではもちろん、今日と明日でも、材料の配分を微妙に変える必要があるんです」
お正月やお盆など、多い時期には1日に1,500個から2,000個。普段の日でも1,000個は作るという『みしま饅頭』。取材の際にも、10個20個と買い求めるお客様が後を断ちません。
幅広い年齢層から長く愛される瀬戸田の味には、常に最高のおいしさを届けたいと願う職人の姿勢が垣間見えます。
しまなみ海道で出来立てを味わう。酒饅頭の逸品
さて、「出来立てそのままのおいしさを食べていただきたい」との思いから、『みしま饅頭』の賞味期限はわずか1日。和菓子職人が妥協のない技で作り出した逸品、早速いただいてみます。
手にした瞬間に感じる、しっとりとした柔らかさ。艶々とした見た目からは、生地のきめ細かさが伝わってきます。2つに割ると、中にはこしあんがたっぷり。酒饅頭ならではのほのかなお酒の香りも漂います。
それでは一口。
見た目通りしっとりして、もっちりとした歯触りもある皮と、口溶けの良いあんこのバランスが絶妙です。甘さは控えめで、小豆そのものの味もしっかりと残っています。鼻に抜けていくお酒の風味は強過ぎず弱過ぎず、お酒が苦手という方やお子さんでも心地よい香りとして楽しめる程度。
加えておすすめなのが、その大きさです。一口二口で食べ切れるサイズが手頃で、10個単位で購入するお客様が多いのも納得。ついつい手が伸びる『みしま饅頭』ですが、熱いお茶はもちろん、冷えた緑茶や苦味のあるブラックコーヒー、ストレートティーとの相性も抜群です。
もし、その日に食べられないときは、冷蔵庫か冷凍庫での保存を。
食べる際には、オーブントースターでこんがりと焼くのがおすすめです。モチッとした香ばしい皮と温かいあんこの風味は、普段のものとは全く別物。より一層、やさしい甘さが印象的な酒饅頭に様変わりします。さらにもう一手間加えたいときには、衣をつけ天ぷらにするとこれもまた絶品だとか。熱々ホクホクがたまらない新たな食べ方に興味が湧きます。
「ですが、一番食べていただきたいのは、やっぱり蒸し立てですね。早朝にはなりますが、機会があったらぜひお越しください」と井上さん。
最後に改めて、100年以上受け継がれる『みしま饅頭』への思いをお聞きしました。
「瀬戸田は温暖な気候に恵まれ、ゆっくりとした島時間が流れています。なにより人が温かいんです。この環境で、地元の方にいつまでも愛される味を繋いでいきたいですね」
5代目である息子さんとともに『みしま饅頭』の味を受け継ぎながらも、時代に合わせさらに進化させ続ける井上さん。この味を求め、みしまやに足を運ぶ人はこれからも確実に増えていくだろうと感じます。
現在、『みしま饅頭』は実店舗のみで販売されています。尚、冷凍したものであれば通販サイト ギフトモール、公式ホームページからお取寄せができます。
しまなみ海道を渡って、または船で、ぜひ訪れてみてください。