ウシオチョコラトルが手掛けるストーリー豊かなチョコレート
読者の皆さんは、「チョコレート」の起源をご存知でしょうか?
原料であるカカオの発祥は、紀元前3300年頃の南米エクアドル。その後、人の手によって栽培され始めたのが紀元前2000年頃のマヤ文明やアステカ文明に代表されるメソアメリカ文明の時期だと言われています。
当時、カカオは大変貴重なものとされ、貨幣として使われることもあったそうです。一説には、「カカオ豆100粒と奴隷1人が同等の価値」とされていたとも。また、薬や神への供物として使われることもあり、高価かつ神聖なカカオは特権階級の人々だけが手にできるものだったと史実にあります。
そのカカオから「チョコレート」が作られるようになったのには、1500年代の大航海時代、中南米がスペインによって征服されたことが大きく起因しています。スペイン人によってヨーロッパに持ち帰られたカカオは貴族の嗜好品として砂糖が添加され飲み物に変化。やがて産業革命の時代に世界へと広がり、多くの人の知恵と技術により固形のチョコレートが誕生します。そして江戸時代の日本にも伝来、昭和に入り大衆化していきます。
さて、今回ご紹介するのは、「ウシオチョコラトル」を象徴する一枚。
カカオが文化的にも大きな影響力を持っていたマヤ文明の発祥の地、「グアテマラ」のカカオを原材料に作られた『ロレンソの希望』。
日本のBean to Bar(ビーントゥバー)界の先駆けともいえる「ウシオチョコラトル」が手掛けるストーリー豊かなチョコレートです。
今回お話を伺ったのは、ウシオチョコラトルのオーナー、中村 真也さん。
個性豊かなその風貌、「きっと面白い話が聞けるはず」と期待が膨らみます。まずは、中村さんがチョコレート作りを始めるまでの歩みから伺いました。
尾道に移住、Bean to barとの出会い。ウシオチョコラトル創業
ここは尾道市の向島。
本土とは尾道水道を挟んだ対岸にあり、「しまなみ海道」の最初の島として有名です。近年は移住者にも人気で、海辺にはおしゃれなカフェやレストランも並びます。
その島にある山の中腹に工房と店舗を構える「ウシオチョコラトル」。以前、公営の施設として使われていたその場所からは、「これぞ瀬戸内!」と呼ぶに相応しい多島美が一望できます。
中村さんがチョコレート作りに興味を持ったのは、25歳で故郷福岡を離れた後、自分の興味が惹かれるがままに各地を渡り歩き、尾道に暮らすようになってしばらく経った頃のこと。それまでには様々な経験と多様な人々との出会いがあったようです。
「幼い頃から、『命』について考えることがよくありました。豚肉や牛肉は普通に口にしているのに、例えば当時家で飼っていた犬は食べたらいけない。同じ命なのに、食べていいものといけないものがある、そのことに疑問が湧いたんです。おそらく誰もが一度は『なぜ?』と感じることですよね。多くの人にとってはいつの間にか忘れてしまうことかもしれませんが、僕にはずっと解けない疑問でした。そのまま成人し、ある時、バイト先の居酒屋で衝撃的な体験をしたんです」
まな板の上でまだ生きている魚を捌こうとした際、まるで自分が捌かれているような感覚に陥ったという中村さん。生きているものを殺すということ、命をいただくということをその瞬間に体感したと言います。それまで食べてきたものは、自分ではない誰かがその行為を担ってくれていただけ。命の重みを改めて思い知ったそうです。
思い返してみると、思春期に憧れたミュージシャンはベジタリアンやビーガンがほとんどだったこともあり、一旦、動物性の食べ物を絶つ決意します。
「自分の手で捌けないものは食べるべきじゃないと思ったんですね。その想いが強くなるにつれ、居酒屋のバイトも次第に難しくなってきて。そこで、自分の感覚に忠実に生きてみよう、それまで経験してこなかったことをやってみようと思い立ったんです。自転車で福岡を飛び出し、知り合いを頼りながら、時には野宿しながら熊本、大分、四国などを転々として、辿り着いたのが尾道でした」
新たな居場所となる尾道に足を踏み入れた中村さんは、縁あってカフェで働くようになります。
コーヒーの知識も豊富だったことから、お客様が喜ぶメニューの開発や接客など、自分ができる最高のパフォーマンスを極めていったそうです。そんな時、ある雑誌の特集記事に目が止まります。
「クラフトチョコレートを作るマストブラザーズの記事でした。ネルシャツにジーンズを履いて髭を蓄えた兄弟が、カカオの袋の上に座っている写真に目が釘づけになったんです。もともとフェアトレードチョコレート(※1)は好きでよく食べていたんですが、僕の中でのチョコレート職人はいわゆる真っ白なコック服を着た人たちのイメージ。それとは正反対の彼らの姿が本当にカッコ良くて。
それまで抱いていた自分の思いや哲学を反映させた事業をやりたいと思っていた時期でもありましたし、しかも日本ではまだまだBean to barに馴染みのない頃だったので、挑戦するならこれしかないと思ったんです」
ちなみにマストブラザーズとはニューヨークのブルックリンで始まったチョコレートブランドのこと。カカオ豆から板チョコレートになるまでを一貫して製造するBean to barブームを開花させたブランドとして知られ、日本のローカルショコラトリー(地方のチョコレート専門店)誕生にも大きな影響を与えました。
(※1)フェアトレードチョコレートとは、チョコレートを作る際に使用するカカオを、生産者から適正な価格で購入して作られたもの。
そこから、起業のための資金づくりと知識や技術の習得のために3年。
中村さんの挑戦を聞きつけ、それまでに出会った人たちや、そこからの繋がりでサポートしてくれる人も現れ、移住者仲間と共に2014年、ついに「ウシオチョコラトル」を立ち上げます。
最初に作ったのは、パプアニューギニアやインドネシアなどのカカオを用いた、それぞれ味わいも香りも特徴的な6種類のチョコレート。中村さんたちが手掛けたBean to barのチョコレートは瞬く間に広がり、地元はもとより全国から注目を集めます。
「西日本豪雨災害やコロナ禍など、それ以降大変な時期もありましたが、常に新たなチョコレートを作り続けています。僕が大切にしているのは、原料であるカカオが持つ背景を1枚のチョコレートに込めること。中でも『ロレンソの希望』は、特に思い入れの強い一枚です」
カカオの持つ背景にこだわったチョコレート「ロレンソの希望」
カカオの産地に赴き、自らの目で栽培や発酵の様子を確かめることは、クラフトチョコレートを作る者にとって必須だと感じていた中村さん。『ロレンソの希望』を作るきっかけとなったカカオと出会ったのは、中米グアテマラへの2度目の訪問の時だと言います。
「カナダ出身のロレンソさん、マヤ文明の末裔であるベロニカさん夫婦の農園を訪れたんですが、そこはどう見ても森、というか原生林。アグロフォレストリー(※2)と言って、植物も動物も全てが共存する自然本来の森にカカオの苗木を植樹し、栽培していたんです。以前は大規模なコーヒー農園だったようなんですが、多用した農薬や化学肥料の影響で土地が枯れてしまったそうです。そこをロレンソさんが譲り受け、何年もかけて元の森に再生。生態系を蘇らせ、カカオを育てていました」
幼い頃より命について考え、その扱いの差に戸惑った中村さんにとって、大自然の営みの中で一から命を育み、命をいただく意味を具現化しているロレンソさんの生き様は、まさに自らが抱き続けた疑問への答えにも繋がる姿だったと言えます。それは収穫後の発酵の過程を見ても明らかだったようです。
「カカオの実から白い果肉に包まれた種を取り出し、土地に生きる微生物の力でゆっくりと発酵させていく。これも自然の力を信じ、最大限に活かした作業です。発酵の過程では爽やかな酸味や香りが醸され、そして多様な植物と共に育まれたカカオ本来が持つボディの強さなどが際立っていきます。言うなれば、グアテマラのこの森で、ロレンソさんが情熱を持って育てたカカオでしか表現できないチョコレートが『ロレンソの希望』なんです」
(※2)アグロフォレストリーは、農業(Agriculture)と林業(Forestry)を組み合わせた造語で、日本語では「農林複合経営」と訳される。古くから南米アマゾン川流域に住む先住民族が行なっていた農法だと言われている。
中村さんが工房で手掛けるのは、カカオを焙煎した後、擦り潰し、砂糖と混ぜて固めるという工程のみ。もちろん、焙煎方法を極めその良さを余すところなく引き出したり、ブラジル産のオーガニックシュガーのみを使用したりというこだわりはあるものの、チョコレートの味はほぼカカオによって決まるそうです。
「だから僕は、カカオが持つ背景にこだわるんです。そして、その背景が伝わるようなチョコレートを作りたい。ただ、口に含んだ時の味わいや香りの感じ方は人それぞれ。世界中の人に愛されるチョコレートだからこそ、それぞれが持つ個性を、実際に食べて体感してほしいですね」
濃厚なカカオの味わいと柑橘のような酸味。「ロレンソの希望」
チョコレートの味わいと並び、ウシオチョコラトルの特徴の一つとも言える色鮮やかな「ジャケット」。商品の背景もなぞりながら、一つひとつ違うアーティストが描く作品です。『ロレンソの希望』のジャケットを手掛けたのは、看板・壁画制作、ロゴやパッケージのデザインで人気の「CHALKBOY」。カカオが多様な植物と共に育つ様子や、カカオの樹の下で一息ついているロレンソさんの姿が柔らかなタッチで描かれています。
そのジャケットを開けると、波の模様が型取られた六角形のチョコレートが現れ、同時にビター感たっぷりの濃厚な香りが広がります。
ひとかけ手に取り口に含んでみると、圧倒的なカカオの存在感。苦味の後にじんわりと広がる甘味が柔らかで、この両者のバランスが絶妙です。さらに噛んだ瞬間に柑橘のような酸味が溢れ出し、その余韻が爽やか。濃厚なのに、優しい甘味とさっぱりとした酸味も感じる『ロレンソの希望』は、これまでのチョコレートの概念を塗り替える逸品です。
さらに、チョコレートの後に深煎りのコーヒーを飲むと、苦味、甘味、酸味の全てが一つにまとまり、ゆっくりと包み込まれるような感覚に。まさに至福のひとときです。
グアテマラの豊かな森の中でロレンソさんが育てたカカオが、土地に生き続ける微生物によって発酵されることで、この芳醇な味わいと香りが生み出される。わずかひとかけらのチョコレートから、大自然の営みと、そこに関わる人の思いを感じ取れるのは、ウシオチョコラトルがカカオの背景も含めたチョコレート作りを徹底しているからこそです。
中村さんがずっと考えていた、命をいただくことの意味。それは、命が育まれる背景に思いを馳せることで理解できるのかもしれません。皆さんは『ロレンソの希望』を通して何を感じるでしょうか?
最後に、中村さんに今後の展望を伺ってみました。
「カカオ豆に、日本伝統の麹菌を発生させることで味も香りもこれまでよりも一層豊かなチョコレートを作ってみたいと思って、現在研究中なんです。これができれば、未だかつて味わったことのないような商品が誕生するかもしれません。ですが、最も大切にしたいのは、起業を決意した時に抱いた『おいしいチョコレートを広めたい』という気持ち。その思いを持って、良いものを作り続けたいですね」
現在、『ロレンソの希望』は公式ホームページ、尾道市向島の尾道店、栃木県那須郡の那須GN店の他、下記の店舗(一部のみ掲載)で取り扱っています。
なお、カカオの入手状況により在庫がない場合もありますのでご了承ください。
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